世界は音に満ちている
2013年 07月 28日
朝から、かれこれ6時間ほど蝉が鳴きっぱなしです。
ま。蝉は鳴くのがお仕事ですからね。
鳴き始めのソロから、全員の大合唱。
そして最後はまたソロへと戻り、フェイドアウト…。
これをほぼ一日中繰り返しているんだよねー。
どんどん鳴くがいい!!
いっぱい夏を演出してくれたまへ!!
こういう虫の鳴き声を風情があると思えるのは、日本人とポリネシア人だけらしいです。
同じアジアでも中国人や韓国人、そして西洋人は雑音としか感じないそう。
というのも、日本人とポリネシア人は虫の鳴き声を右脳で聴き、それ以外の人種は左脳で聴いていると本で読んだことがあります。
聴覚以外でも、私たち日本人の味覚は鋭くて、基本的な「甘味、塩味、酸味、辛味」に加え「旨味」を持ち合わせているのだとか。
ところで以前住んでいた京都の家は、本当に静かなところでした。
平日の昼間、リビングでごろんとしていたら、聞こえてくるのは冷蔵庫の
「ウィーン」
という音だけ。
たまに、そのウィーンって音が切れる時があって、そんな時はどこかに音が隠れていないか耳が勝手に探していたような気がします。
実際のところ、音がない世界というのは存在しなくて、宇宙まで飛んで行っちゃうと無音の世界を初めて体験できます。
今いる香川の家は、音が溢れているんだよね。
四方八方田んぼに囲まれているので、風の通りが良くて、そのせいか風の音がよく耳に入ってきます。
特に今は稲がだいぶ育ってきたので、風が吹く度にしゃらしゃらと唄ってくれているので、ずいぶんとすてきなBGMを楽しんでいます!
目で見える世界は、まぶたを閉じれば隠すことができるけれど、音を自分の意志によって消すことはできないからね。
それだけ耳から入ってくる音というのは、私たちに一番大きな影響を与えてくれる感覚器官ということ。
だって、お腹の中に宿った赤ちゃんの聴覚は胎内で一番に発達してゆくのだから。
胎内の中にいる時に聴こえてくる音は、ダイレクトにはっきりと、脳内に刻み込まれるから、少なからず人によって音への感じ方は違ってきます。
それでも、今過ごしている日常の中から、自然の奏でる音が消えてしまった時。
ぽっかり穴が開いたような虚しさみたいなものを、感じるのは想像できちゃうね。
音は呼吸と同じ。
音は空気や水と同じ。
当たり前の存在を特に意識しなくとも、そのもの自体は失われることはなくて。
でも、例えば呼吸を意識するかによって、自分自身の内側が穏やかになってくることと一緒のこと。
日常生活の音をマイクで録音しても、何種類か混じってしまうけど、人間の能力にはひとつの音だけを意識することができてしまう。
自分が好きな、聴こえてくる音だけをひろっていくと、豊かな気持ちになってくるんじゃないのかな。きっと!
むかーしむかし、胎内にいた時に蓄積された音の記憶が共鳴し始めるのかもね。
今シーズンの蓮の花。
彼等は咲く瞬間、
「ポンっ」
と音がするよ。
自然の喚起。
わたしたちの世界は音に満ちています。
by miyuki_om
| 2013-07-28 11:27
| あんなこと
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